相場対応力を日常で訓練する②

おはようございます。イチです。

 

前回の続きですが、相場対応力を向上させるために日常から出来ること、についてです。

 

前回の記事をまとめると、

日常で、誰かの行動にイラっとすることありますよね。

ってことです。

 

私は、奥さんの行動や言動に対して、イラっとしてしまった訳です。

 

これと相場対応力には、どんな関係があるのでしょうか。

 

 

それをひも解くために、そもそも何故イラっとするのか?

それは、そこに「期待」があるからです。

 

私の場合であれば、

・「お帰りなさい」とあいさつして欲しい。

・自然志向の食事を作って欲しい。

と期待しています。

 

いや、実際にはもっと酷くて「あいさつするべき」「良い食事を作るべき」と期待よりも強い想いがそこに潜んでいました。

 

人は期待が叶わなかったと知った瞬間、そのギャップ分の負の感情が芽生えます。

それが、「怒り」「悲しみ」「困惑」などです。

 

そして、それら負の感情は人間の思考を極端に鈍らせます。

 

 

極端な例を出せば、自動車で人を跳ねてしまった場合、どう考えてもすぐに救急車を手配し、警察に電話すべきです。

 

しかし、「自分は事故を起こさない」という期待と「人を跳ねてしまった」というギャップに困惑し、冷静な判断が難しくなるから、ひき逃げしてしまったりする訳です。

 

 

よって、私と奥さんの例で言えば、奥さんに期待しない。これが大切となる訳です。

ちなみに、これを書くと「不合理」「不平等」「諦め」と感じられ、受け入れられないという人もいるのではないかと思います。

 

というのも、私自身がずっと「奥さんに期待してはいけない」というアドバイスを受けていながら、「自分はこんなに頑張っているのだから、労いの挨拶があって当然だし、奥さんが家族のことを想って良い食事を作るのは当たり前なのだから、これは期待ではなく義務だ!」位に思っていました。

 

でも、この考えはかなりの貧乏思考です。

 

例えば、「不平等」という考え方の根底には、

・自分がこれだけやったんだから、お前もこれだけやれよ

・自分がこれを提供したんだから、お前も何か提供しろよ

という、「GIVE & TAKE」的な考えが潜んでいます。

 

「GIVE & TAKE」って別に問題無いでしょ?思われる方も多いと思いますが、結局これも与えたら与えられる「はず」「べき」という、「期待」に繋がってしまうんですね。

(もちろん、「TAKE & TAKE」よりは、「GIVE & TAKE」の方が良いです。)

 

自分がこれだけやったんだから、この位は返ってきても良いはずだ。というのは、理屈的には正しいと思います。1の労力を突っ込んだのなら、1返ってくるってのは合理的ですよね。

 

でも、現実世界でそれを言うと、

正しいことを言ってばかりいて、上手くいかない愚か者

になってしまうのです。

 

ちょっと、話が色々と飛んで分かりにくかったかもしれませんが、次回しっかりとまとめを記事にしたいと思います。

 

それでは、本日もお読みいただき、ありがとうございました。

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