そんな俺も大好き

この記事では、私が夫婦関係、子供、上司・部下など、人間関係の向上を自身が目指す中で色々トライした結果、『ここが根本的に大切なんだ!』と気付いたことをお伝えしたいと思います。

 

さて、みなさんは自分が大好きですか?

この問いに対し、あなたは以下のどれに当てはまるでしょうか?

A)『もちろん!めちゃくちゃ好きです!』→すごいです!おめでとうございます。今後益々ご活躍してくださいね!
B)『まぁまぁ好きです。』→是非、以下の記事を読んでみて下さい。必ず得るものがあると思います。
C)『そんなに好きじゃありません。』→読む気がしなくても、何とか以下の記事を読んでみて下さい。そして、何か一つでも持ち帰ってみて下さい m(__)m

 

「自分を許そう」と言うけれど

ちょっといきなりですが、

『人を許すために、先ずは自分を許しましょう。』とか、

『自己肯定感が大切』

という言葉を聞かれたことはないでしょうか。

 

私は、トレードで勝てるようになるために、色々学ぶ中でそんな言葉をたびたび目にしました。

 

果たして自分は、それを実行できているのか?

もし、自分で自分を責めてしまうような状態であれば、゛明らかに゛自分自身の心がBadになるのが分かるので、それに気づき、そこから脱することが出来る人が多いと思います。

 

私は数年前から、夫婦関係の向上や後輩の育成など、人間関係の向上にフォーカスを当てて取り組んできました。

そこに向き合う中で見えてきたのが、

『その人との関係を良くしようと思ったら、その人の事を好きになるのが一番』

ということです。

 

よし。じゃあ、人を好きになろう!

よって、例えば『今よりももっと奥さんを好きになろう!』と思って取り組む訳です。

ですが、、、。例えば、ふと気付くと奥さんの

『帰宅しても「お疲れ様」の一言もないところ』とか、

『たくさん寝て、料理には手間をかけない「ぐーたら」なところ』

とかが気になってしまうのです。

 

好きに意識を向ける前に、嫌いなところが見えてしまう訳です。

 

後輩に対してもそうです。

片付けをしないところとか、物事を丁寧にこなせないところとかを見て、気になってしまいます。

 

人には自分の心が伝わる

『その人との関係を良くしようと思ったら、好きになるのが一番』

その理由は、

『こちらの思いが返ってくる』からです。

 

極端に言えば、好意をもって接するほど、好意を持って貰えるのです。

 

だとすると、相手の嫌なところに目を向けている私の心には、相手への好意が写っているでしょうか?

違いますよね。『嫌い』という情報が写ってしまっています。

 

そう。不足に目を向けていては、相手を好きになれず、その結果良好な人間関係を築くことは難しいのです。

スタートは先ず自分から

私が近年学んだ中で、トップ3に入る学びがあります。

それが、『修身斉家治国平天下(しゅうしん せいか ちこく へいてんか)』です。

天下を治める前に先ず、国を治めよ。

国を治める前に、先ず家庭を治めよ。

家庭を治める前に、先ず己を治めよ。

ということです。

 

つまり、先ずは己がスタートということです。

これは、言葉は違えど私が尊敬する鴨頭さんも仰っていました。

 

先の話に当てはめてみると、こうなります。

『人を好きになる前に、先ずは自分を好きになろう。』

という事です。

 

自分の心を振り返ってみる

じゃあ、話を戻しまして、何故奥さんや会社の後輩の嫌なところが目についてしまうのでしょうか?

 

色々な推測が出来るのでしょうが、一つ挙げるとすれば

『自分を許せていないから。自分が好きじゃないから。』

これだったんだと、私は体感的に理解した瞬間がありました。

 

それまで私は割と自分が好きな方だと思っていました。

(といっても、ナルシストという訳ではありませんが。)

 

ですから、この『落とし穴』に全く気付かなかったのです。

自分を許せて無かった!

例えば、記事前半に紹介した、私がついつい相手の行為で目についてしまう、

『帰宅しても「お疲れ様」の一言もないところ』

『たくさん寝て、料理には手間をかけない「ぐーたら」なところ』

『片付けをしないところ』

『物事を丁寧にこなせないところ』

 

何故そんなところに目がいってしまうのかと言えば、

『帰宅しても「お疲れ様」の一言もないところ』→重要な人物だと思われたい

『たくさん寝て、料理には手間をかけない「ぐーたら」なところ』→手間暇かけて勤勉に働かないと価値が無い

『片付けをしないところ』→自分自身、片付けが苦手

『物事を丁寧にこなせないところ』→自分自身、丁寧に行うことが苦手

 

私は、字が汚いのですが、そのコンプレックスを娘に押し付けて『綺麗な字をかけるようにならなくちゃいけないよ。』と押しつけるのも、同様です。

それぞれ、自分自身の内面に何らかの゛許せないところがある゛訳です。

許せない心が無ければ…

これは、゛許せないところがある゛とも言えますし、゛許せない心がある゛とも言えます。

そう、もしも゛許せない心゛が無い人であれば、、、例え奥さんがたくさん寝て、料理にも手間をかけず「ぐーたら」にしていたとしても、私と同じ様には感じないようなのです。

そして、゛純粋に゛相手の「好きな部分」が目に映っているのであれば、その気持ちは相手に伝わります。

 

子供が言う事聞かなくても、それでいい。

後輩が片付けをしなくても、それでいい。

トレードでポジションがロスカットになっても、それでいい。

 

そう心から思えれば、人間関係の悪化や負けトレードからの自暴自棄、そういった状態へ陥りにくくなります。

『許せない』の代わりに持つべきもの

もちろん、

子供や後輩の成長を想い大切だと思う事を伝えること

トレード結果の全体を見て、パフォーマンスに問題が有ればやりかたを見直すこと

は時には必要です。

 

でも、全体からしたらそんな時間は1割位でいいんじゃないでしょうか。

 

それよりも、自分が普段見過ごしている「普段出来ていること」や「感謝すべきこと」に目を向け、それを伝える事の方がはるかに大切なはずです。

居てくれてありがとう。

ロスカットで資産を守ってくれてありがとう。

ですね。

まとめ

では、話は戻しまして、タイトルの『そんな俺も好き』ですが、

人を許すには、自分を許す すなわち、

人を好きになるには、自分を好きになる

事が大切なんですね。

 

だから、失敗しちゃっても、

ぐーたらでも、

ハゲてても、

とにかく、自分の純粋なる味方は自分しか居ません!

そんな唯一無二の『自分』でさえ自分を許せなかったら、好きになれなかったら、他の人を好きになるのは難しいでしょう。

気が利かなくても、

賢くなくても、

同じミスを繰り返してしまっても、

『そんな俺も大好き!』

と本気で思える。

 

そんな俺も大好きだから、

相手のミスも含めて好きになれる

だから、相手からも好かれる。

 

『許す』が出来ても、その次には『好きになる』という段階が眠っていました。

 

是非一度、何か失敗したとき、自分の心の中でどのように『自分自身を評価』しているのか、観察してみてください。

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